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草加市について
草加市産業振興課HPへようこそ。
草加市はこんなところです。
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草加市
埼玉県の東南部に位置し、市の南側は東京都足立区と隣あっています。
<広さ>東西7.24km、南北7.6km、総面積27.42km²
<位置>東経139°48′20″、北緯35°49′32″、海抜2.0m
工業団地付近 |
ものづくりのまち
当市は東京都に隣接し、日本橋から15kmと都心へのアクセスが良く、利便性に優れます。
また、市内北部を横断する東京外環自動車道は、常磐自動車道・東北自動車道・関越自動車道へ接続。
首都圏の活動拠点として関東一円を網羅することが可能です。
更に東武鉄道と日比谷線・半蔵門線・東急田園都市線の相互乗り入れや、成田空港・羽田空港直行バスの運行など、都心・ターミナルへの交通アクセスに優れ、効率的な企業活動が実現できる立地特性となっています。
市の東部には埼玉県内初の工業団地「草加・八潮工業団地」があり、市内を通る産業道路や国道4号線、298号線など幹線道路の整備も進み、周辺の住環境と調和した産業活動を実現しています。
○市内の事業所数 約7600社
○製造業1350社(従業員4人以上は580社)
○主な業種 金属製品製造業21%、一般機械製造12% など
アクセス
| 道路 | 鉄道 | バス |
|---|---|---|
|
外環草加ICから |
草加駅から 日比谷線乗り入れ、 |
空港便直行 |
歴史
| 縄文時代 | 市内の大半が海の底で、陸は河川の流れによって作られたわずかな高地がある程度でした。 |
|---|---|
| 古墳時代 | 市内から多数古墳時代の遺跡や土器が多数発見されています。 |
| 鎌倉時代 | 自然堤防の上に道が作られ、人が往来するようになりました。 |
| 室町時代 | 草加の北東側(柿木など)に集落が形成されました。 |
| 江戸時代 | 柿木などを除き、市内の多くが幕府の直轄領である天領でした。 また、この頃奥州・日光街道の整備による草加宿が誕生しました。 |
| 明治時代 | 明治維新後、廃藩置県により市域のほとんどは小菅県へ(後に埼玉県へ)。 明治32年には東武鉄道が開通しました。 |
| 昭和以降 | 昭和30年、町村合併促進法により草加町、谷塚町、新田町が合併。 その後昭和32年に現在の市域が確定しました。 |
草加の財政
草加市の財政状況(市財務調整課へ)○財政健全化判断比率等
○決算状況調書
草加の名産・著明な建造物など
| 草加松原遊歩道/松並木 | 約600本の松が遊歩道に植樹されています。 |
|---|---|
| 草加せんべい | 言わずと知れた?醤油味の煎餅。市内には約70軒もの煎餅屋があります。 また、煎餅の材料である米を扱う米屋さんも多いんです。 |
| 日光街道 | 松尾芭蕉も俳句に残した日光街道2つめの宿場町 |
| 甚左衛門堰 | 県指定の文化財。江戸時代に治水・利水のため作られた水門 |
| 歴史民族資料館 | 国の有形文化財。大正15年に建てられた県内初の鉄筋コンクリート造の小学校。 |





